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電脳妖精ユヅキ #4

 それから数日、あてのない旅が続いた。孤児院から一歩も出たことのない私に、あてなんてあるわけがなかった。

行く先々で、私ひとり店先のパンを盗み、川で汚れた服を洗ってやり、橋の下で雨風を凌ぎ、みんなでくっついて丸まって寝た。

 そんなある日のことだった。


「空き家がある。全員は入れるところだ。ちょっとした仕事をしてくれれば、入れてやってもいい」


 人の好さそうな笑顔を浮かべたオジサンが、そう声を掛けてきた。

風呂もある。飯もある。暖かい布団だってある。そう聞いて何人かの子が食い気味にオジサンの話を聞いていた。

 私も、悪い話ではないと思った。……ただ、どこかで心の中で警鐘を鳴らす音がした。私は震える一歩を踏み出して、みんなの前に出た。


「……私が、みんなのお母さんです。代表して話を聞かせてください」


 そういうとオジサンは一瞬胡散臭い目を向けて私を見たが、すぐにまた笑顔で喋りはじめた。

――そんな時だった。


 私がなにかの気配を感じ、振り返った。

そこには、一体いつの間に、いつからいたのだろう。淡く美しい空の色を銀色の髪に反射させながら、どこまでも純粋無垢な柔らかな赤い頬を緩ませ、この世のどんな宝石よりも美しく輝いて見える紫の瞳をきらめかせながら、後ろ手に腕を組んで、まるで話に混じろうとする、華奢な少年がいた。

年の頃は、自分よりも幼く見える。それが、ああ、男を振り返れば、その手には武骨な、まるで人を殺すためにしか存在しないような拳銃が握られているではないか。

その銃口が向けられても尚、少年はその笑顔を崩さなかった。

ただ、ふわりと、右手の指先が男へと向けられるだけだった。


「――ハッキング、開始。停止せよ」


 天使のようなボーイソプラノが、不思議とその場を支配した。

時が止まったんじゃないかと言うくらい、首を回すのに時間を要して男を見れば、なんだ、本当に時が止まったようだ、微塵も、口の端一つだって動きやしない。


「……なんで」


 子供たちの誰かがそう声を発したのを聞いて、はっとその子を見る。

その子だけじゃない。――みんなが、うろたえていた。時は、動いていた。


「さぁっ! 皆さん、逃げましょう! 皆さんは危うく騙されて売られるところだったんです。早く!」


 いっそ演劇の中の一幕のように、そう朗々と、両手を広げて少年は言った。

何者なんだ、今のはなんだ、と口々に聞こえてくる中でも、私の意識は皆の安全にあって、先の凶器にあって、「やっぱり」と、無意識に口にしていた。

それを聞いた皆の動揺に、これでは母親失格だと焦り、みんなをなだめる次の言葉を探す。

そうこうするうち、少年が頷いたかと思えば、子供のうちの一人の手を掴んで走りだした。


「待って――!」


そう私が叫び、止まらない少年を追いかける。振り返れば、ちゃんとみんなついてきていてほっとする。そう走っているうち、突如として景色が異様なものに変化する。形を失ったビル群。まるで虹色の糸のあやとりで作ったような街並みに、不思議の国のアリスのような迷い込みを感じる。

構うことなく走り続ける少年に唖然としながらも、自分も立ち止まれないでいる。ここで立ち止まったら、二度とここから出られなくなるような気がして。

……そこに、大きな悲鳴が上がった。





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現状ここまでで退院しました

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