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​── 黒峰達哉の狼狽

 ◆ Scene2:後悔 ──
 

 ――夢に見たのは、まだ覚醒する前のこと。

 レネゲイドなんてそこにはない、ごく普通の、幸福な日々。

 社長である父が会社で開いた社交パーティに連れられて、母親と共に主賓にご挨拶をする。

 社内の執行役員の方に『先日の息子さんは流石ご立派でしたねぇ』などとご挨拶をされ、母は謙虚に口元を押さえて笑う。

 先日というのは、会社に父の手伝い秘書として入った日のことだろう。父の令であり、会社の見学兼手伝い、兼顔売りだった。

 ご立派と言われても、専門的なことなんか何もしていない。

 ただ鞄持ちをして更新されたリストの印刷をして、指定された場所に資料を並べ、役員への案内をして父がやってくるまでの間の会議進行を行っただけだ。高校生になったばかりの身分でできる仕事なんて、たかが知れている。

 しかし黒峰達哉が計算式の間違いを密かに指摘することになってしまったそのリストの担当は、その世襲予定の御曹司を睨んでいて、達哉は居心地が悪そうに乾いた笑いを浮かべる。当然将来的にはきっちりと達哉が経営側に加えられることだろうし、そうなったときに入れ替わる席がどこかというのは既に社内で目星がつけられているような雰囲気があった。……まだそんなことは、大学を卒業してからだろうというのに、大人たちというのは随分と気が早いようだった。

『とんでもありません。支えてくださる私の父と母と、皆様方のご尽力のおかげさまですよ』

 そのように父親の語彙を借りてご挨拶をすれば、執行役員は感嘆して笑った。

『達哉君は学校でもお友達が多くていらっしゃると聞きましたよ。ピアノのコンクールも陸上の大会も一位だとか。文武両道の才色兼備とは、まぁまぁこれは間違いなく将来の日本を背負ってくれることでしょうから、お母様は鼻が高いでしょうな』

『いえいえ、とんでもない。息子もまだまだそそっかしいですから。皆様のご不安を払えますよう、これからもより一層よく勉強させるつもりなんですよ』

『近頃は競合する大手や、達哉君の才能をやっかむ愚か者も少なくないですからねぇ。まぁ達哉君ならそういう手腕も安心でしょう』

 達哉は張り付いた笑顔で、乾いた笑いをする。

 元より一族経営の会社であれど、最近は世襲に対する風当たりがますます強いのは、先程手洗いに出たときの陰口からも察して余りあった。誰も彼も、努力ではなく生まれだと囁いていた。だから尚更、少しでも良い学歴だとか、そういう肩書きが必要だった。

 

『そういえば、達哉君は大学の志望はどこなんでしたっけ?』

『それは勿論……』

 母親が間髪を入れずに微笑んだ。

 一瞬の眩暈と、幻聴。それは、自分の声。

『お前にそんな実力があるのか? 役に立たない無能に、存在価値はないことを忘れるな』

 目の前に、光り輝く鱗粉を撒きながら舞う、金色の蝶。……あぁ。いつもの幻覚。

 その行く先を目で追えば、窓際にいるのは、今の、自分。

 険しい顔をした彼のその瞳の色は……。

 ◆

 黒峰達哉は目が覚めて、ぼんやりとした意識で携帯を手に取り起き上がった。
 ……そろそろ、起きてせめて少しくらい勉強しなくては。

 日頃の仕事による予習の遅れもあるのだし、いつまでも寝ていてはいけない。
 いつもより妙に億劫な動作で椅子を引き、背もたれに背を預ける。
 参考書を手に取るその前に、ただ染みついた習慣として涼宮有栖にメッセージを送る。
 ……返ってきた答えは最早分かりきった涼宮有栖お決まりの“パターン”で、どことない嫌気と絶望を感じた。

 ――有栖。今日は休みになったんだ

 

 ――え! そうなの? もっと早く言ってくれたら私もお休みにしたのに。どうして言ってくれなかったの?

 

 ――飲食もUGNも、結構急だから

 

 ――じゃあ絶対上がるから夜待っててね

 

 ――ごめん。そういうつもりじゃなくて、今日は勉強して早めにゆっくり寝ようと思ってる

 

 ――何で謝るの? 私の膝枕で寝てもいいんだよ?

 

 ――ありがとう。でもごめん。期待させたなら悪かったなって

 

 ――私のこと嫌い?

 

 ――なんで。好きだよ

 

 ――嫌いだから会いたくないんだと思って

 

 ――違うよ。ちょっと疲れてるんだ

 

 ――でも最近会ってくれないじゃん。私のこと嫌いになったから会いに来てくれないの?

 

 ――そうじゃなくて。あー。ちょっと悩んでて

 

 ――なに悩んでるの? 私なーんでも聞くんだから! このありすちゃんになあーんでも話していいんだよーぅ

 

 ――大丈夫。大したことないよ

 

 ――なにそれ。私のこと信じてくれないの? やっぱり私のこと嫌いになったんだ

 

 ――違う

 ――ごめん。わかった

 ──俺は今まで何か勘違いしてたんじゃないかと思って、少し考える時間が欲しいんだよね

 

 ――どういうこと? 何かあったの?

 

 ――俺は今まで、ずっと家やUGNに甘えてたんじゃないかって

 ──気に入らなければそこを出れば良いだろって

 ──そう言われてから、そうかもって、考えたら止まらなくて

 

 ――なにそれ。意味わかんない。誰に言われたの

 

 ――誰でも一緒じゃないか

 

 ――信じらんない。誰が言ったの? 言ってよ

 

 ――言わないよ

 

 ――なんで? どうせたっちゃんのこと何も知らないくせに!

 ──そいつ頭おかしい

 

 ――ちょっと待って

 ――違うんだ。俺が悪いんだよ。俺が相手を怒らせるようなことを言ったから。俺のせいなんだ

 

 ――だとしても言って良いことと悪いことがあるでしょ!

 

 黒峰達哉は携帯の液晶を前に、唾を呑み込んだ。
 自分が久遠緤やストリートマジックに言ったことが脳裏をよぎったからだ。
 あの時も、この時も、売り言葉に買い言葉だった。
 しかしそれでも、人として言って良いことと悪いことがある。

 

​ ――ごめん。本当にそうだと思う。全部俺が悪い

 

 ──なんでたっちゃんが謝るの!? だって悪いのはそいつじゃない。なんでたっちゃんが家に甘えてて、どうしてたっちゃんがUGNを出なきゃいけないなんて言うの? おかしいよ。どんな奴なの?

 

 ──違うんだ。そいつは無所属の傭兵だったりFHだったりで、皆事情があったんだよ

 

 ──はぁ? 傭兵にFH!? じゃあ犯罪者じゃない!
 ──そんな奴らの言うことをどうしてたっちゃんが真剣に聞かなきゃいけないの!?

 ――たっちゃんは何も悪いことなんてしてないのに!
 ──そんな人殺しの分際で何を偉そうにお説教してるわけ!?

 親を。
 殺そうとしました。
 FHの、ジャームでない人間を。
 殺そうとしました。

 黒峰達哉は、自らを振り返り、動悸がした。

 

 ──でも、もしかしたら、彼らにも言い分があるんじゃないのか?

 ──何でそんな人殺しの言い分をたっちゃんが聞かなきゃいけないわけ!?

 ――意味わかんない
 ──そんな奴らなんて、存在意義ないじゃない

 ――ひどい。そんなのたっちゃんに関わってほしくない

 ――死ねばいいのに!

 

「……あ。あ、あ」

 

 黒峰達哉は震えて、携帯を取り落とした。
 自分に言われたと思った? それだけじゃない。
 彼は追体験した。
 過呼吸を起こした。
 脳裏を過ったのは、母親の言葉。

 

『そんなところの子供なんて、生まれなければ良かったのに!』

 

 ……涼宮有栖に対して、母親はそう罵った。
 まさか、そんなものと同じような台詞を。
 涼宮有栖の口から聞かされることになるとは。思ってもみなかったのだ。

 

 妹を亡くしてから戦い続けて今や同じく行き場のない子供たちをまとめている久遠を、死ねばいいって?
 ジャームになったUGNの火災でFHに救われてから世界を旅してただ何気ない世間話を望んだ通り風を、死ねばいいって?

 

 黒峰達哉は、そんなことはひとつも思えなかったことに気が付いた。

 

 親の都合の良いように育てられたと怒りながらも、可愛がられたくて優等生を演じて頭を撫でられることに喜びも感じて懐いてもいた、過去の自分を思えば今の自分は大した悲劇ぶった詭弁家じゃないか?
 今度はUGNに褒められることだけで自らの存在価値を証明しようなどという我欲で人を率先して殺そうだなんて、FHやゴロツキと何か違うところがあるのか?

「……ごめ、なさ」

 

 がたがたと体の震えが起こり、自らの手でそれを必死に押さえつける。
 床に落ちた携帯が、通知の振動音を鳴らす。
 キュッと目を瞑り、ぜえはあと不規則な呼吸をする。
 ぱっと開いた瞳には、涙が浮かんでいた。

 

 親に。
 ジャームに。
 FHに。
 周囲の人間に。
 今までずっと無意識のうちに他所へと向けていた嫌悪感が、全て一斉に内側に向いた瞬間だった。
 五臓六腑を腐らせるようなひどい嫌悪感が、堰を切った濁流のように、自らに押し寄せる。
 それはまるで今まで自らが他人に突き付けてきた銃口が、黒峰達哉本人の頭へと向くようだった。

「……ごめん、なさい、ごめんなさい。ごめんなさい……。……」

 ひっくとしゃくり上げながら、叱られた幼い子供のように、目を擦って、泣いていた。

 黒峰達哉は、限界だった。

 


 ◆

 

 しばらくそうして、彼女からの数件の不在着信と十数件のメッセージに対して一言詫びる旨と共に『今は少し寝る』とだけ返信を送り、乱暴に会話を切り上げた。
 その後の彼女からの通知は一旦全て無視した。
 まるでひどい風邪でも引いたように、震えが止まらなかった。毛布に包まり身を丸めて、震えが収まるのを待った。
 そうしていると、夕食の時間だと支部長からのノックがあった。不要だと告げたら、しばらくお節介な台詞をいくつか言ったあと、取り分は取っておくと言って帰っていった。
 そのうちに、泣き疲れた疲労感で頭が鈍い重さを訴え始め、また、ぼんやりと意識を手放していった。

本作は、「矢野俊策」「F.E.A.R.」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『ダブルクロス The 3rd Edition』

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