
── Crumble Days
◆ Scene4:日常と非日常の狭間 ──
――償わなくちゃ。
――何を?
――償わなくちゃ。
――誰に?
――真花に。
――なんで?
――俺のせいだ。
――何が?
――あの時の事故も。
――あの時?
――今度の事故も。
――今度?
――償わなくちゃ。俺のせいで、両親も……。
――ああ、そうか……。
――償わなくちゃ。俺のせいで、真花も……!
――償わなくちゃ。
――破壊してやる。
――俺たちの邪魔をする奴は、全員、敵だ!
――今度こそ、アイツだけは救うんだ!
◆
「……ッ真花!」
犬獅子が目覚めると、そこは見知らぬ天井だった。
病院のベッド。その上で寝ている。隣には、何か脈打ったようなディスプレイ。心電図。
見渡せば、見知らぬ四つの顔がこちらを囲ってまじまじと見つめていた。
「――っんあッ!? ん……? 病、院……?」
誠実そうなスーツのオッサンが一番に声を掛けてくる。
「気が付きましたか、大和さん」
次に降ってくるのは、金髪にひげ面のオッサンの声。
「少年、大丈夫か?」
何も覚えていない。急に起き上がったせいかひどい眩暈がして頭を押さえる。
「一体、何が……」
キザったらしくて若そうな男の声が続く。
「目が覚めたようですね」
眩暈が少しずつ明けて、気の強そうな女の声が聞き捨てならない事実を告げに来る。
「あんたの乗ってたバスは事故に遭ったんだよ」
「じ……」
思い出した!
弾けるように問い詰める。
「――ッあ、あの! 俺の隣にいた、真花……っじゃなくて、あの……!」
「落ち着け!」
ぎょっとする。
金髪でひげのけだるげなオッサンが声を荒げて制したからだ。
「――……無事だ」
「……ッ! ……本当ですか!」
「あの一緒にいた少女のことでしょう? ……ええ。無事ですよ」
若い男がそれを保証する。
大和は心から安堵のため息を吐く。
……ん? 今あの男、“まるで見てきた”みたいに言ってきたな?
そう思った矢先、スーツの男が口を開いた。
「初めまして。私は霧谷雄吾と言います。これから少し、難しい話をします。混乱することもあるでしょうが、落ち着いて聞いてください」
「あ、あぁ……」
「大丈夫だ少年。俺たちは仲間だ」
まだ呑み込めていない中、怪しげなオッサンたちをいぶかしんでいたのが伝わったのか、もっと怪しいオッサンに宥められる。
「炎上するバスの中から無傷で脱出できたのは、君が発症者――オーヴァードである証です。二十年前に拡散したレネゲイドウィルスによって、そのような能力を得てしまったのです」
「……。……おー、ヴぁど?」
「先ほど言われた、綾瀬真花さんも無事です。君が無意識のうちに覚醒し、救出しました。彼女には記憶処理を施し、今、一般生活を送ってもらっています」
「……? ……ん?」
まったく訳の分からない単語が、荒唐無稽な話が、次々とさも当然のように繰り出される。
オーヴァード?
レネゲイドウィルス?
記憶処理?
いや、それよりも……。
「いや、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくれ。ぜんっぜん話が見えねぇ、んだが……え、なに? 俺が……、――助けた? あの爆発で?」
そんなわけがない。……というか、できるわけがない。
あの時確かに、バスは突然急ブレーキを掛け、凄い音を立ててひっくり返った。まるで天地が分からなくなった。
それから、耳が潰れるほど派手な音を立てて。爛れる程の熱を受けて。
バスは確かに、爆発した――。
――そこから、無傷で脱出? 俺が、助けた? 自分自身の命と、真花を?
――そんな、ありえない話。そんな、“世界の常識が書き換えられるような話”。あるだろうか。
「……まぁ、突然には理解できないのも当然でしょうね」
「うーん……。なるほど。……見せた方が早そうですね」
そう言って霧谷が病室に置かれた見舞い用のリンゴを手に取ると、メンバーを見回し、小さく頷いて気の強そうな女に対して軽くパスするようにリンゴを投げる。
その時、女がマントの下から腕を――およそ人間のものとは思えないような、機械化された腕を――出し、鋭い刃をした爪でリンゴを引っ掻いた。
――するり。
綺麗に輪切りになってしまったリンゴは、後方で金髪のオッサンが構えた皿の上に見事に盛り付けられた。
「……はっ……?」
「……まっ。ざっとこんなもんさ」
得意げな女と、断面を検品しているオッサン。さも当然の光景のように無関心そうな男。頷くスーツの男……霧谷。
……こんな光景、日常でお目にかかるわけがない。
「うまそうにできたなぁ、有菜」
「これは調理が楽になりますね。ね、店長」
「えっ……」
未だ目を疑う。
――だって、腕が、手が、爪が、黒鉄の凶器になってて、目の前でリンゴがまるで紙切れみたいにスライスされたんだぞ?
……人間業じゃない。
「えっ……ドッキリか、なにかか?」
霧谷は唸る。
「――あなたは、魔法や超能力は信じますか?」
「……いや、俺は信じねぇが……」
「目の前で起こっていることは、魔法や超能力だと思ってください。……まぁ、そうそう便利な力でもないんですが」
「……ちょ、っと待って……」
(話を総合すると、だ)
「俺にも、え、これ? ……この、こういう力があるのか?」
「はい。種類は様々ですが、あなたにもそのような力が備わっています。あなたはその力によって、彼女を助けました」
「はぁ……。でも、俺、実感が、ねぇっていうか……うーん……」
金髪のオッサンはリンゴをむしゃむしゃと食べながら、皿を目の前に突き出してくる。
気を使ってくれているらしいが、今一つ俺じゃないどこかを見つめているようで正直おっかない。
「まぁ少年も食えよ! ホラ! 随分寝てたんだろ。まぁ食いながら聞けばいい」
仕方なく皿を受け取り、スライスリンゴを口に運ぶ。信じられないくらい綺麗な断面だ。
よっぽど切れ味のいい包丁でもなけりゃこうはならないだろう。
……しかしこれは、さっきまでスライス前の、あの赤くて丸いリンゴだったのだ。
「そ、そすか……」
横の若い男はその光景を冷めた眼差しで見下ろし、腕組みしながらピアスをいじっている。
――こいつもこいつで、黒髪で日本人? っぽいのに、目は緑色で、そういう目つきで見下ろされるとなんだか気味が悪い。
「信じられないと思うが、あんたはその力を使って女の子を助けたんだよ」
有菜、とか呼ばれていたさっきの危ない爪の女に、そう教えられる。
あの爪で引っ掻かれたら、流石の俺もこの通り綺麗にスライスされてしまうことだろう。
そういう力が、もしも俺にもあるのなら……。確かに、爆発炎上事故の中でもなんとかなるのかもしれない。
「そう、か……」
まったく理解はできていないが、リンゴの甘みが救いとなってか、ひとまず話は分かってきた。
「我々UGNは、オーヴァードの人権を保護し、一般社会での生活を支える組織です。君がレネゲイドウィルスによる発症者、オーヴァードであるという秘密を守り、そのオーヴァードの力を乱用する組織と戦うための組織だと考えてください」
「……え。ちょっと待ってくれ。俺はなんだその、ユー……なんちゃら、っていう組織に入らないといけないのか?」
「ええ。力を持つ者としては当然のことではないですか?」
わけの分からない話をされている上に、わけの分からない組織に勧誘されている。
そしてそれを当然のように突き付けられる。俺の道筋を、立場を、勝手に決めつけられようとしている。
……声が詰まる。
「まぁ混乱するのも良く分かるよく噛んで食えホラ」
それを察したように金髪のオッサンがベッドに顔を近付けて、無理やりリンゴを口に突っ込んで頭をグリグリしてくるので、見事に喉を詰まらせる。当然振り払おうとしたが、――この感じ、どこか……少し、懐かしい。
「……今回の事件は――」
スーツの男、霧谷が、一段と声のトーンを落とす。
視線は床に落ち、物憂げだった。
「……オーヴァードの力を悪用する《FH》“ファルスハーツ”というテロ集団が引き起こしたもの。彼らは、その力で人類社会を混乱に陥れようとしています」
“ファルスハーツ”。
その単語が挙がった瞬間、一同の目つきがやや鋭くなる。
……まるで、親兄弟の仇に対するような。まるで、自分自身の信念を覆そうとする輩に対するような。
「――……君はもうこちら側の世界に関わってしまった。我々……《UGN》“ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク”に協力してくれませんか?」
霧谷雄吾は、そう言って手を伸ばす。
この手を取るか、取らないか。
それだけで、全てが……俺の人生だけじゃない……この世の全てが、大きく変わるような。
そんな錯覚を覚え、大和は、戸惑う。
「……とは、いっても、よ……」
しかし。……はっ、と、大和は気付く。
「――その、テロ行為……ってやつに、もしかしてなんだが真花は巻き込まれたのか?」
「……はい。そういうことになります」
「……あいつは特に何か力があったり、ってわけじゃないんだよな」
「……あなたがいなければ、死んでいたでしょう」
「じゃあ……俺がいたから、あいつは巻き込まれたのか……」
「いや。違うな」
霧谷と大和のやり取りの中で落ちた暗い誤解を、金髪が断固として遮る。
「お前が守ったんだ。立派だぞ少年」
そこに黒髪が続く。
「ええ。その様子は、私が発見して支部長に報告させていただきました。それで、今この状況がある、というわけです」
「そう……」
「……あの事故の死者数は九人。そこから唯一生きて帰ってきたのが、あなたたち二人です。もしあなたが覚醒して彼女を護っていなかったら、この死者数は二人増えて十一人になっていました。あなたと、その綾瀬真花を加えて……ね」
女があっけらかんと肯定する。
「ラッキーじゃないか。あんたら二人は助かったんだよ」
沈黙。まだ、どう受け取っていいのか分からない。
護った、と言われるのならば、もしかしたらそうなのだろう。
しかし、真花を巻き込んだ奴は……事件を起こしたっていう奴は、許せない。
「その……UGN、ってやつに入れば、今回の事件を起こした奴にも会えるのか」
「はい。いま私たちはその調査をしています」
「少年。いや、大和とか言ったか」
「……あ、ああ」
「すまん申し遅れたな。俺は昼顔だ。西昼顔。……大和、お前の力を貸してくれないか? 俺に。いや。――俺たちに」
「貸すって言われてもな……うーん……」
「あなた……名前は確か……犬獅子大和、ですよね。その犬獅子って……もしかして、あの有名な神社の、犬獅子家……ですか?」
「……。ま、まぁ……そうだが……」
「……なるほど。そのご子息が力を貸していただけるとあれば、随分頼りになりそうですね」
「私もあの連中……ファルスハーツに肉親を殺された身だ。そして今、UGNに協力している。お前も力を貸せ」
ひどく悩み、唸る大和。
断りづらい空気だ。正直、よく分からない組織に迂闊に関わって縛られたくはない。
……とはいえ……。
(断ったところでどうせ、俺はそのテロ組織に狙われ続けるだけだし、そのまま周りの奴らも被害を被っちまうことになるかもしれないわけだし……)
「……わかった! ……そのとりあえず、事件が解決するまで、そのUGN、ってやつに協力してやる」
大和の意を決した一言に、霧谷は安堵する。
断る者も、きっと少なくはないのだろう。……敵の、ファルスハーツの側に転がっていく者も。
「ありがとう。詳しい話は、いずれまた。……君のクラスには、護衛と調査のためにコードネーム……《漆黒の御曹司》……黒峰達哉を送ります」
「……あなー、きすと?」
拍子抜けする。
俺はきっと漫画のように目を丸くしたことだろう。
「だってよ達哉」
「ええ。まぁ……仕事ですからね。では、そのようにさせていただきましょう。よろしくお願いしますよ。犬獅子さん」
有菜が、黒髪の男……達哉を指差して補足する。
「こいつのコードネームだ」
「こっ……」
いや。冗談じゃない。
「そのクソダセェコードネームってやつ、俺もつけねぇといけないのか!?」
昼顔が思わず噴き出した。
ぴくりと黒髪の奴が反応したのを感じる。眉尻をこれでもかと吊り上げて、ほーーう……とかふざけたつぶやきを漏らしている。
「……支部長! 彼のコードネーム、一体何が良いでしょうかね?」
一転して猫をかぶったような明るいトーンで、支部長……昼顔の方に向き直る。
口角を上げて笑顔を作っているが、見事に引きつっているし、不愉快オーラがまったく隠せていない。
昼顔は楽しそうに……ニヤニヤしながら考える。
「そうだなぁ~……。《リンゴを頬張る者》、とかでもいいんじゃないか?」
「あぁ~。随分可愛らしいですねぇ! ――見た目に合わず。」
「っ……まじで、つけないといけないのか!?」
達哉と昼顔が楽しそうに勝手に人のコードネームとやらを考えて盛り上がっているのを横目に、霧谷が大和に向き直る。
「何か分からないことがあれば、ここにいる《虚ろな者》“ホロウワン”……西 昼顔、《悲劇の戦乙女》“ブリュンヒルト・ペーヒ”……伏見 有菜に聞いてください。では、私はこの辺で」
そう微笑みながら霧谷雄吾“リヴァイアサン”は一礼し、病室から出ていく。
「お疲れ様です」
達哉がきっちり霧谷に一礼する。
……出ていったのをしっかり確認してから、昼顔が大声を挙げて派手に伸びをする。
「ふぅ~行った行った。いやぁ~もう緊張するよなぁ~!」
「緊張しすぎて肩凝っちまうよ」
有菜は隣のベッドにどっかと座って異形の肩を回す。
「いやぁ~ごめんごめん。ちょっとカタクやっちまったな。大丈夫か大和、体調の方は」
馴れ馴れしく背中をバンバン叩いてくる。
突然の態度や声色の変化に、大和は改めて困惑する。
……一体なんなんだ。変な奴らだ!
「お、おぉ……うっす」
「あぁ~良かった良かった。まぁなんだ、カタい話も何だからさぁ。まぁそのリンゴもとっとと食っちゃって」
「あ、あぁ……い、いただき、ます?」
「でー達哉。あとで俺に状況報告。よろしく頼む」
「ええ。承知しました」
「うん。さて……どうするものかなぁ」
「……コードネーム決めじゃないですか?」
ぼそっと達哉が恨み節たっぷりに呟いた言葉が昼顔には聞き取れなかったようで、聞き返される。
有菜は聞き取れたらしく、吹き出している。
「……いえ。何でもないです」
拗ねたようにそっぽを向いて取り消すものだから、有菜は笑いをこらえるのに必死だ。
そうか、と気に留めない様子の昼顔の空気を読んでいる。
有菜にもブリュ……なんとかっていうコードネームとやらがあるようだが、黒髪のこいつよりはまともそうだ。
「まぁとりあえず大和はうちで働けよ」
「え、働く、って……俺特に何もできないっすよ」
「いいんだいいんだ。まずはことが落ち着くまで、ウチで引き取ってやるから。ウチの定食屋で」
それを聞いて大和も驚いたが、まず達哉が驚きを口にする。
「……彼を雇用する、ってことですか!?」
「いいじゃねぇかお前。こんなの何かの縁だろ。なぁ有菜」
「まぁまた同じような目に遭わないとは限らないしな。それがいいんじゃないか」
「はぁ……」
前言撤回。やっぱりこの有菜というやつ、この状況を楽しんでいる。
「……あなた料理はできるんですか!?」
達哉が食って掛かる。仕事はしたくないが、嘘をついてもしょうがない。
「まぁ……一応、そうだな……両親がいねぇから、基本俺が自炊して料理はしてるが……」
「あぁなんだいいじゃねぇか。じゃ補助はつけんよ」
「まぁそうっすね……」
「じゃあ適任じゃないか」
昼顔、大和、有菜で話が進んでいき、達哉が絶句する。
「オーケーオーケー。そしたらリンゴとっとと食べちまってさ。まぁ身支度整えて。な」
「あー……。了解、っす」
未だ混乱する大和を有菜が歓迎するように……というよりは、からかうように一瞥する。
「ま、見たところ元気そうだし、すぐ来れるんじゃないのか?」
そう。大和は“無傷”なのだ。
あれだけの大事故に巻き込まれてなお。すぐに退院できることがはっきりしていた。
なにせ彼は、“オーヴァード”なのだから。
「あー。ではたっぷり教育しないといけないですね。仕事、するんでしょう?」
達哉が爛々と緑の目を輝かせ微笑みかけてくるが、どう見てもこの男、目が笑っていない。
引きつりながら断りたい気持ちが喉元までのぼってくるが、状況を理解できない大和でもない為、ぐっと堪える。
「ま、うーん……そう、だよなぁ……。じゃあ、……よろしくお願い、します?」
「ええ。たっぷり“教育”させていただきますね?」
ありありとした営業スマイルと厭味ったらしいイントネーションが、丁寧さを表すはずの敬語と一礼所作の印象を胡散臭さに相転移させて拍車を掛けている。
「……ッ。なんか、苦手だなぁ~……!」
心の底からの魂の呟きに、昼顔が弾けるようによく笑う。達哉は相変わらずニコニコと、よろしくお願いします。などと、よろしくする気もないトーンで言っている。
「まぁ仲良くやれよお前ら。歳も近いだろ」
「あまりいじめてやるなよ黒峰」
有菜にそう言われ、達哉は明るいトーンで笑いながらピアスを触って反論する。
「あははっ。人聞きの悪い。そんなことしませんよ。“丁寧に物を教える”。それだけのことです」
語尾に行くにつれてひとつも笑っていない低いトーンにダウンしていくので、全員が察する。
大和は『面倒な奴に目を付けられちまった』ことを。
昼顔と有菜は『面白そうなことになった』ことを。
「まぁあとはなんだ。達哉の転入手続きもしてやらないといけないしな」
「あぁ……そうですね」
「転、入……、どこっすか?」
「何言ってんだよさっきの話聞いてなかったのか? お前んとこの学校に達哉行かせんだよ」
「……。はっ?」
大和はついていけない。
――え? 俺の学校に? 転入? こいつが!?
「はっ? とは?」
「要するにクラスメイトってことだな」
相変わらず笑っていない……というか冷めた顔で見つめてくる達哉と、ご機嫌の有菜。
昼顔もニッコリしている。
「…………まじっすか」
「仲良くやれよ~?」
「ッこいつとですか!」
「まぁ仲良くするかは置いといて。ま、しかし……ほぼついていることになるかもしれないですね。……ちゃんと大人しくしててくださいよ」
「うわぁ~……。……俺の、青春……」
その大和の脱力した呟きに、昼顔はますます破顔する。それもまた青春ってやつさ、と少し羨ましそうに囁きかける有菜に、だったら変わってくれ、と懇願するのだが、達哉は失礼ですね、仲良くしましょうね、などと言って大和の学生鞄を投げて寄越した。
犬獅子大和は、何事もなかったように退院する。
病院のロビーに設置されたテレビニュースをちらりと盗み見ると、一瞬だけバスの事故が報じられていたがそれっきりで、あっさりと都市で流行りの店の話題に代わってしまった。