
── Crumble Days
◆ Scene3:世界の裏側 ──
――時刻を少し遡る。
ここは大衆食堂“キッチンにし”。時刻は日が暮れ夕飯時になり、まさに繁忙時真っただ中……の、はずだった。
「今日はガラガラだねぇ~。店長」
「いやぁ~困った。こういう日もあるんだなぁ。常連すら顔見せに来ねぇたぁさぁ。やっぱり、この間の連続失踪事件でも影響したのかね?」
一ヵ月ほど前にニュースを賑わせていた、N市内連続失踪事件。
それがある日を境にぴたりと報道しなくなって、今ではそのニュースを記憶しているのは“一部の者だけ”だった。
「……それ、もう随分前じゃないか。あと、そのジョーク通じるの私らと黒峰くらいだよ」
「わっはっは! そうだっけか! あーそうだったなぁ! いいじゃないか、どうせ今はお前しかいないんだから!」
「……店。畳む?」
「おいおいおい~。誰が大事な店畳むって!」
「いや、今日はって話だよ……」
どっかと椅子に座りテーブルに足を掛けて、我が物顔で賄いのコロッケをかじっている女、“伏見 有菜”。
やれやれとカウンターにもたれかかるアロハシャツとひげ面の男、“西 昼顔”。
二人はすっかり暇を持て余して、“日常を謳歌していた”。
今、この時までは。
「おぉ~? 着信だ。もしもし? おー達哉! どうした~?」
店長たる西まで串に秘伝のたれをつけ、頬張りながら通話している。
……しかし、一瞬で声色が変わる。
――日常が、終わる。
「……なに? ――……分かった。上には報告しておく。もう応援は呼んだのか。……そうか。俺達も現場に向かおうか。……いや。店はもう閉める。……。もう搬送済みか。現場だけでも見ていこう。……被害状況だけでも、知っておきたいからな……」
西は通話を終える。
その目つきは、纏う空気は、店の雰囲気は、これまでとはまったく違うものだった。
それを盗み聞いた伏見も目つきを変え、立ち上がる。
「有菜行くぞ。……“また一つ”、“日常が死んだ”」
「――了解」
――非日常が、始まる。
◆
俺の名前は昼顔、西 昼顔。
ごく普通の家庭に生まれ、 ごく普通の定食屋の一人息子として育てられ、 ごく普通に定食屋の厨房に立ち生きてきた。
ある時、俺は出会った。
彼女の名前はあかり。
その名の通り、 常に周りを明るく照らし、元気で太陽のような女性だった。
彼女は言ってくれた。俺の料理は世界一だと。
彼女は言ってくれた。俺には世の中を元気にする力があると。
そんな彼女と、
ごく普通に結婚し、
ごく普通の家庭を築き、
ごく普通に死んでいく。
そんな幸せな人生ならどれだけ良かっただろう。
それは突然の出来事だった。
俺の携帯に一通、メールが届いた。
「お前の両親と……あかりが、死んだ」と。
そう、俺の育ての両親と愛する女性はレネゲイドウィルスによる災害でこの世から消えた。
俺が駆けつけた時、ソレらは既にブルーシートの中だった。
俺には何もなくなった。
仕事も手につかず、定食屋は畳んだ。
何を食べても味がしない。
それでも生きていかなければならない。
日雇いのバイトを転々とした。
そんな日々が続き、俺はいつこの人生に終止符を打つか悩んでいた。
彼女、テレーズブルムに手を引かれるまでは。
彼女は言ってくれた。俺の料理は世界一だと。
彼女は言ってくれた。俺には世の中を元気にする力があると。
彼女は言ってくれた。俺の力は人々を救う力だと。
俺の名前は《虚ろな者》“ホロウワン”。
◆
二人が現場に辿りつき、例のごとく凄惨な現場を、例のごとく“なかったこと”にしようとしている様を見届けた頃。
UGN日本支部に、緊急の呼び出しを受けた。
黒峰には店の番を……“N市支部”の番を頼み、早急に向かった。
それは日本支部長“霧谷 雄吾”直々に話される。
N市で確認された《FH》“ファルスハーツ”の活動と、それに関する事故で収容されたオーヴァード、“犬獅子 大和”の処遇についてのようだった。
霧谷は口を開く。
「先ほど、N市でバス横転炎上事故が起こりました。《漆黒の御曹司》が別件の調査中、その現場に居合わせており《ワーディング》エフェクトを確認したという報告がなされています。現場に急行したUGNの処理班が“犬獅子 大和”という学生を保護しました。爆発炎上したバスの中でも無傷……つまり、《我々と同じ側》“オーヴァード”です。現在、UGNの病院で治療を受けています」
「《虚ろな者》“ホロウワン”、《悲運の戦乙女》“ブリュンヒルト・ペーヒ”。N市支部のあなたたちの管轄になります。犬獅子 大和のケアと、UGNについて説明してあげてください。それからN市では、“ディアボロス”春日 恭二と“シューラ・ヴァラ”という新手のエージェントが計画に関わっているようです」
《虚ろな者》“ホロウワン”は、啜っていた湯飲みを乱暴にローテーブルに叩きつける。
「――ハンッ……。誰のシマでやってるのかわかってやってるのかねぇ」
「――春日恭二……。あいつだけは許すわけにはいかない……!」
《悲運の戦乙女》“ブリュンヒルト・ペーヒ”は、片方の拳を固く握りしめる。
もう片方の“手”がマントの下でどうしているかは知れないが――この場にいる二人は――それを察して余りあった。
「……まぁ有菜落ち着け。……んで、その学生ってのはまだ若いんだろ大丈夫なのか?」
「……今現在病院で処置を受けていて、もう一人の女の子、確か……」
霧谷雄吾は資料をめくる。
「……“綾瀬 真花”という人物も同じ病院で居ますが、彼女は軽傷のようで、すぐにでも退院できそうですね」
「……ほーう……」
考え込む《虚ろな者》。《悲運の戦乙女》が口を開く。
「……しかしきな臭いね。そんな学生二人乗ったバスを、……こんな事故なんて」
「そうだな……。ただ……その、犬獅子大和? ……とか言ったか。そいつのメンタルが心配だな。そんな事故に巻き込まれて、自分が“オーヴァード”に覚醒したなんて気づいたら、居ても立っても居られないんじゃないか。……分かった。早急に向かう」
《虚ろな者》の言葉に、霧谷雄吾が目を閉じ、深い礼の声を静かに響かせる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「有菜、帰って支度をしろ。すぐ行くぞ」
「――了解」
二人は席を立ち、UGN――“ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク”――日本支部長の部屋を出ていく。
一人は、N市支部長《虚ろな者》として。
一人は、UGNエージェント《悲運の戦乙女》として。
――普通の人々の日常を、護る者として。