
── Crumble Days
◆ Scene1:始まり ──
昨日と同じ今日、今日と同じ明日。このままの日々が、ずっと続くと思っていた。
だが――、世界は知らぬうちに変貌していた。
きっかけは、ある日起きたバス転覆事故。
秘められた力は覚醒し、隠された真実が付きつけられる。
それは、ずっと続くと思われた日常がボロボロと崩れはじめた日――。
ダブルクロス The 3rd Edition 『Crumble Days(クランブルデイズ)』
ダブルクロス、それは裏切りを意味する言葉。
◆
──犬獅子家。
それは古くから、獣……特に犬を信仰してきた一族である。
東京近郊のここ、N市には、新旧入り混じる建造物が建ち並んでいる。その中に佇む“犬獅子神社”。
可愛らしい犬の多い神社で、人気の観光スポットのひとつとして人々に長く愛されて繁栄してきた。
そんな現代犬獅子家当主、八神が子宝に恵まれる。
“犬獅子 大和”、誕生である。
幼少期から大和は元気いっぱいの男の子で、よく分家の大人たちと遊んでいた。特に本家補佐役である犬獅子 魁とは一番仲が良く、まるで本当の兄貴のように慕っていた。
分家と本家の違いにより少なからず壁はあった……。だが、みんな家族同然と思えるほど全員の心は通じあっていたのだ。
大和はすくすく育つ。幼稚園ではそのワンパク坊主ゆえか、入園早々にガキ大将にまで上り詰めた。
大人たちにも手に負えない悪ガキに成長するのだが……。そんな大和にも、天敵は存在した。
幼馴染の“綾瀬 真花”の存在である。
流石の大和も惚れている幼馴染の真花の言葉には逆らえるはずもなく、悪ガキの抑止力として大人達からは大層頼りにされていた。
家では分家の大人達や優しい両親たちと遊び、外では馬鹿な事をやりながら真花に怒られる。
……そんな何気無い日常が続いていく。その十年後のある日だった。
大和が中学生に上がると同時に、大事件が起こった。
──両親の死だ。
死亡した経緯は、家族旅行中に乗っていた車が突如、爆発。助手席と運転席に乗っていた両親は共に死亡し、後部座席に乗っていた大和は奇跡的に助かったのである。
これに専門家は『ガソリンタンクにえぐられたような跡があった事から、鉄……もしくはそれに準ずる何かに接触し、摩擦で引火したのではないか』とみていた。
しかし、当事者の大和の証言は違った。
『“まるで獣のような黒い影が車を引き裂いた”』と、そう主張したのだ。
鉄を切り裂く獣などいるはずもない。警察は勿論、親族ですら取り合わなかった。ただ精神科医が『悲惨な事故により幻覚を見たのではないか』と、たったそれだけ親族に告げるのみだった。
突然の両親の死と不可解な謎が大和の心を暗くする内にも、世間の時はひとときも止まることはなかった。
この事件により、大和の身の回りは大幅に変わっていった。
まず、大和の立場である。
現当主である両親の死去により、自動的に当主の座に就かなければならなくなったのである。
これによって分家の大人達の態度は、完全に変わった。
「大和!」と元気よく呼んでくれていた大人は若と呼び、
気さくにタメ口で駄べりあっていた大人は礼儀正しく敬語になり、
一緒に遊んでくれていた大人は「立場的に無理ですので……」と、距離を置くようになっていった。
……そして、全員が共通して言う呪いの言葉が、大和の心を急速に蝕み、腐らせていった。
『若はもう当主なんだから遊んでばかりではなく、これからの事を考えてください! 死んだ貴方のご両親に顔向けできるのですか!?』
──俺達の自由は……俺の自由は、もう、無くなった。
(あれだけみんな対等で居心地の良かった犬獅子家は、もう無くなった。あの家はもう、俺を縛り続ける楔の家だ。だったら。だったら、あの家の当主になんかなるものか……)
……大和は、親族から……“家族”から、心を閉ざしていった。
その結果。大和は、非行に走るようになった。俗に言う不良だった。
深夜徘徊は当たり前。学校はサボり、ムカつく奴はぶん殴る。
──ただただ自由に、きままに。縛られることのないことだけを、心情に。
この生き方を続けて三年も経つ頃には、大和の名は街中に広がっていた。
彼に貼られたレッテルはこうだ。
──“神社に住んでいる、ヤバい不良”。
もう、誰も大和を止められる者は居なかった。
……ただ一人を除いては。
幼馴染の真花。そう、“綾瀬 真花”。
その彼女、ただ一人だけが違っていた。
彼女だけは、大和が当主に就いても、昔と全く変わらない……幼稚園のガキ大将だった、あの頃から……決して、決して変わらない対応をしてくれる人物であった。
──そんな真花が……救いだ。
(俺を対等に扱ってくれる奴は、俺には……もう真花しかいない。だから……命に変えても、真花は幸せにする……)
大和は、そう固く心に誓ったのだった。
そして月日は流れ、高校に入学し……。
◆
──「ねぇ、大和。……大和ってば!」
はっ、と意識を“今”に呼び戻す。
その呼び鈴は彼女の高らかな、しかし控えめな色をした声だった。
「……ねぇ。大丈夫……? 全然返事しないんだもん。つい心配しちゃった」
「……あぁ、悪い。ちょっと考え事してた」
どうやら昔のことを思い出してしまっていたようだ。
今更、くだらない。……本当にくだらない。なんてったって、大和は今やこうして僅かながらにもひとときの自由を謳歌し、目の前の彼女も平和そのものを体現してくれているのだから。
大和はぶっきらぼうに、彼女……綾瀬 真花に返事をすると、真花はしばし不満げな声を漏らしたあと、すぐさま気を取り直したようにもう一度声をかけてくる。
「それで、大和も今学校からの帰りなんだ?」
「あー……。そうだな」
大和は学校から帰宅している最中だった。いつもより、帰るのは遅い時間帯だ。
いつもより遅くなったのは、なんてことない。なにやら職員室に呼び出されたと思えば、書類不備で印鑑を押してくれだとか、そのついでにゴタゴタと説教をされてウンザリしただとか、そんなこと。
そういう時に限っていつも使っている電車は止まっているし、いろいろとタイミングが悪い。
臨時のバスが出ていたので、今日はそれに乗ることにしたのだった。
真花が後ろから話しかけてきたことから察するに、真花も遅い帰り道だったのだろう。
噂好きの友人に曰く、少し大人しめな性格や人付き合いの良さ、気配りのできるところが、今や学年でも評判らしい。
今日はいろいろツイてないが、ささやかな幸運だ。
「いや、なんか朝から不幸続きでさ。ほんっとツイてねぇのよ。今日。ふわぁ……」
「私も今日、なんだかタイミングが悪くてさ。部活とか、先生の用事とか、いろいろ重なっちゃって。気付いたらちょっと遅くなっちゃったんだ。大和も、そうなの? ……お互い、ツイてないね」
「そうだなぁ……。今日はなんか、ツイてねぇな」
そうバス停で駄弁っているうちに、バスが着く。
席はガラガラで、二、三人が乗って行く。
「バスも着いたし、じゃあ行くか」
「……あっ。そうだ。……隣、座ってもいい?」
「あ? あぁ、まぁ、全然構わねぇが」
ありがと、と呟きながら、真花は隣の席に座る。
制汗剤か、シャンプーか。なんだか少し良い匂いがする。
不幸でありながらも微かな幸せを噛み締めていると、真中は少し戸惑いながら口を開く。
「あ、……や、大和。……ちょっと、聞いてもいいかな」
「おうどうした」
「あ、あのー。クラスでちょっと、耳にしたんだけどさ。……大和って、好きな子がクラスに居るって。……本当?」
突然の質問に思わず喉を詰まらせる。
意図を測りかねながらも、なんだか言い訳するかのように吃りつつ、可能な限りのクールさを装って返す。
「……いやっ。俺は、好きな子なんて、居ないぜ」
「……あ。そ、そっか。ふーん……」
「……好きな子、いないのか」
真花が中身のわからないような返事をしていることに戸惑って目を泳がせてしまっていると、突如。バスに急ブレーキが掛かる。
──バスの目の前に何者かが現れ、バスを突き飛ばす。
──バスは衝撃で横転し、爆発する。