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まず第一に、君は旅人だ

そして、どこか遠く遠く離れた地……

君は『オメラス』という美しい街に辿り着く

ええやん

​その地で血なまぐさいことなんか起きたらあたし嫌よ?

​その心配はいらないよ

この街は幸福と祝祭の街。まさしく理想郷……

君主制も奴隷制もなく、僧侶も軍人も警察もいない

誰も彼も何もかもが満たされていて、

「心やましさ」を持つことなく常に幸福に日々を過ごしている

…………???

そのお話って、童話なの?

なら、おかしいわ!

もしもそんな街があったら、確かに理想郷で、幸せだと思うの

「そんな街があったら」ね?

​でも、そんなことってある?

汚れちまつたあたしは事件ばっかり想像するわ

​一般的な文芸作品で、とりわけ児童向けに書かれた本ではないよ

そうだろうね

​ただ、この街が理想郷を体現していることは本当なんだ

そう、疑いようもない理想郷だ

 

……たとえこの街の幸福のすべてが

ある『犠牲』によって、成り立っているものだとしてもね

………………

やっぱり不穏じゃないのよ……

オメラスのとある美しい建設物の地下に、一つの部屋がある

部屋には鍵がかかっていて、窓はなく、掃除もされていない

​その部屋の中に、一人の子供が座っている

………………

…………あっ

その子は男の子とも女の子ともわからない知的障害の子だ

歳は6つぐらいに見えるけど、実際はもうすぐで10歳

見るからに飢餓状態の体格で、

食べ物は鉢半分のトウモロコシ粉と獣脂だけ。そして素っ裸だ

…………ふ、服も着せてやらんの……!?

その子供は時々か細い声で

『お母さん、やだ、出して、お願い』……と言うようだ

あ、あわわわわわわ……

だ、出してやりなさいよ!

​誰かこのことを知ってるヤツはいないの!?

いるよ

というより、みんな、このオメラスの人々はみんな、知っている

​…………えっ

ある一定の年齢になったら、子は大人からこの話を聞かされるんだ

『この街の地下には、こんな子供が独り幽閉されている』とね

​そして、希望する子は親に連れられ、目にすることもできる

…………ふぁ……???

​その子供たちは、幽閉されている子を見てどう思うのかしら

衝撃を受けて、やりきれない思いをしたり、無力感を抱いたり……

​嘔吐する子もいるね

普通の感覚を持っているのね……

それなのに、誰も助け出そうとしないの?

それは、みんなわかっているからさ

このオメラスの幸福の全ては、その子の犠牲で成り立っている、と

………………

​どゆこと??????????????

オメラスの幸福の魔法はね、ピュイ

その子が陽の光あるところへ連れ出され、身を清められ、

空腹を満たされたとき、

たちまちなにもかもが消えてしまうようにできているんだよ

​呪いじゃん!!!

まぁ、そうかもしれないね

​その子は望んでその役目を負っているわけでもないだろうし

まま、それは間違いないわね!

​くぅ~っ! あたしもその街で暮らしたいものだわ!

そういうわけで、ここはとても良い街なんだけれど、

​やっぱり、年に何人か、この街を出ていく人たちがいる

​なんてこった……テラコッタ……

そりゃあ、いくら私だって、長居したいとは思わないわ

​ノーテンキだからどこでも一緒といえばそうだけども

でも、オメラスはきっと本当にいいところだよ

隣人と険悪になることもないし、今月の生活に悩むこともない

仕事の競争に負けて存在意義を見失ったり、

​自らの心の未熟さに眠れなくなることもないんだ

​うッ……でも……でも……

​ああっ……

いつでも晴れた空の下、木々が揺れるのを眺めながら、

親しい友人たちや恋人と談笑して、

美味しい食べ物を心ゆくまで堪能することができるよ

イ、イヤァ~~~!!

​完璧な天国の代償がイヤミすぎるゥ~~~~!!

さて、君はそんな天国……

​オメラスから、立ち去るかい? 立ち去らないかい?

う、うーんうーん……

​……えっ? 待って。『立ち去る』か、『立ち去らない』かなの?

うん

​どうする?

えっ、えっ?

 

そこフツー、

『その子を助け出す』か、『助け出さない』かじゃないの?

だって助け出したら

オメラスはたちまち天国ではなくなってしまうじゃないか

いやいや

だってそんなの偽りの楽園よ

​無知な子供を犠牲にしていいわけないじゃない

​それがどうしたの?

​え

今、オメラスに残っている人々は、

その子供を犠牲にすることを受け入れてでも

この街に住む決意をして残っている人たちなんだよ

​君に一体何の権限があって、その決定の数々を破壊できるのさ?

​……………………

​………………………………………………コレハツライ

​そういうわけで、僕からの質問はこうさ

Q.この世の楽園、オメラス

 立ち去る? 立ち去らない?

​幸福の街

ウーン、ウーン……

さ、最大多数の為なら犠牲もやむなし……?

ホントかしら……

いやいや、そんなワケ……

​ウーン、ウーン……

おや、珍しく真面目な話をしているのかな……?

​どうしたんだい?

……おっ?

短編ってことは、サクッとしたファンタジックな物語よねっ!

ちょうどいいし、​歓迎するわっ!

……あー

​じつはかくかくしかじかでぇ~……

ああ、トロッコ問題か

ユヅキ君がそんなことを君に問いかけるなんて

​なにか戦略方針に迷いでもあるのかな?

……えっ。迷い?

​さぁ……? 知らないわねそんなこと

まぁ、真意は僕もわからない

案外、あの年頃だし……ただの遊びかもしれないからね

ところで、最近地球の本を読んでいて

その問題にすごく近い短編を見つけたんだ

……興味はある?

うん

とてもファンタジックなお話だし、

今の君にはぴったりだろう

それじゃ、あらすじを今から話すね

​幸福の街ってなーにー!

誰もが幸福に暮らす街!

​この世の天国……かと思いきや!?

※ ぷろじぇくてっど ばい 赤佐 ※
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