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―Collaboration

Episode4
わご vs krc’:ler

  物々しい足音でユヅキたちの拠点となっているルームに入ってきたわご。

 ぽかんと見つめながら声をかけてくるユヅキやピュイにも片手一つで挨拶し、かと思えばクロラの襟首を掴み乱暴に引き摺って行く。

「悪いね、ちょいとこいつ、借りるよ」

 闘争か、猛き闘争か、と噂話が立つがそれも無視して彼女と彼は出て行くことになる。

 闘争ならリンクが誘われるのが通例なので、何か重要な話だろうか……とユヅキが心配そうに呟きつつ、ピュイの取り仕切りであっさりと雑談が続いた。

  連れ出されたのは存外近所なことで所属するチームシップだった。

 フロントガラスが今日も常変わらず星々の輝きを我々に見せびらかしていて、ルーム床の青白い照明が涼やかだ。

 一体何事かも予想していないクロラが口火を切る。

「随分と乱暴なデートじゃないかい。誘拐だよ、これは」

 アポイントメントも減ったくれもなかったらしく、妙な予感のしたクロラは悪態をつく。

「まぁまぁ。そう言ってくれるんじゃないよ。文句を言うならファレグってやつに言ってくんな」

 生体パーツで軽やかに屈伸運動を始め、何らかの準備体操にかかっているわごの出した名らしきものに、クロラは眉尻を上げる。

「知らないね。俺はなにか、今からとばっちりを受けるのかな?」

「当然。そいつぁアタシが五日前偶然ベガスで会った人間の名だからね。で、あの人間らしくない動きとパワーはやっぱり人間じゃ出せないってわけさ」

 話の順序を随分とすっ飛ばした大変なお話に、わごの欲望を抑える限界の近さだけが見てとれる。

 先日の話だ。火の使徒、魔人、そういった肩書きを持つ強靭な人間と地球であいまみえた結果、わごは興奮さめやらぬままであった。

 好き者同士存分に闘争しファレグといずれまた邂逅することを取りつけたものの、一度限界までくべられた炎を理性で抑え続けることは難しい。

 瞬く間にクアン、リンクがそれぞれ相手役に駆り出されたがどうやっても動きは人間の範疇。人間なのだから当然だ。かの魔人は、その魔人と呼ばれるだけ相応しい"人間でないかのような"離れ業をいとも簡単にやってみせた。では、"そもそも人間でない悪魔なら"? あるいは、と期待して幾日で我慢の限界を迎えてしまったのもわごの闘争心の強さからしてみれば無理はなかった。

 気持ちのいい闘争のためには、闘争を好まないものと戦ったところで仕方がない。本気でやりあえる、それを望んでいるヤツとやらない限り満足の行く闘争などありえない。そういった信念を持ってすら、どうしようもないほど焚きつけられた。

「これは俺の持論なんだけれどね、わごくん。破壊衝動は全てエロスに変換できるんだよ。君はきっと絶倫だよ」

「誘ってくれるところ生憎だけど知っての通り興味がなくてね! 変換するだけもったいないじゃないか!?」

 もはや瞳の先が情熱に燃えている。期待に満ち溢れて震えている。何とか消火しなくてはならない、と非常に正直に苦い表情を表に出す。クロラは己が直接行う闘争の類をあまり好まなかった。

 

「確認しよう。君は俺とどうなりたいの?」

「闘争さ」

 なりふり構わずアキレス腱を伸ばしている。

 

「レディのご期待に沿えなくて申し訳ないんだけれど俺は別に君が望むように強くはないんだよ……」

「アンタ、わざわざ拳銃なんかチャチなもん持ってるけどさ。縛りプレイしてるんだろ?」

 

 クロラがいくらか興味を引く。

 

「戦い方見てて前から思ってたんだよ。アンタ、圧殺より極端に加減してギリギリのゲームをするのが好きだ。他人を絶望に叩き落とすのが好きだ。報酬をやるのが好きだ。逆転の良い動きを見せてくれたら、他人のあがくさまを見て思いきり楽しめたら、報酬として殺されてやっても構わない。肉体を騙すためにわざと人間のレベルに落として酔ってるんだよ」

 反対の腱を伸ばす。

 

「人間をからかって遊ぶことに主軸を置いてるあたりアタシとは違うけど、予想外の血沸き肉躍る興奮を求めてるところは大して変わりない。違うかい?」

 

 人間としての生活も長くなり、オラクルでの仲間が生み出すイレギュラー要因をいたく気に入った彼はしばしその観点を忘れていた。悪魔は首を倒す。

 

「そういえばそうだったね。あんまりに人間ごっこが楽しくて忘れていたよ。で、それがどうかしたかい?」

「見せてごらんよ。アンタの正体。……アタシなら不足はないと思うがね」

「ほう……。それはそれは、告白かな?」

「薄気味悪い冗談は程々にしといておくれよ」

 

 上機嫌になって顎を撫で始めるクロラの発言を華麗にすっ撥ねる。ふむ、とクロラが意味ありげに事を進める。

 

「正気? そこまで俺を人外であると買っておきながら戦闘を求めるとは。俺は善良な市民だよ?」

「正気か、って聞かれちまうとなんともいえないがね……。いつも通り大義名分も何もなく戦いたいだけさ。アタシも普段縛ってる身だし、トントンじゃないか」

 

 ニヤリ、と露骨にクロラの顔が歪む。

 

「それはなんと高慢な。……嫌いじゃないよ。人間のそういうところ」

「人間の苦しむとこが見たいんだろ? どうぞ?」

「んー、君はもう俺の大好きな人間の域を超えてきちゃってるからなあ……。あんまり俺好みになってくれそうもないし……。君相手となると加減も難しそうだし……君ほどの仲良しを殺したいわけじゃあないからね……」

 

 はーっ、と大声で機嫌の悪さを出し、うんざりした顔をするわご。

 

「相変わらず悪魔っていう割に人好きの優男だね! そういう女々しいところなんとかならないのかい!」

「殺さない方がおもしろいからね」

 

 まったく反論せずに頷く。殺すよりは人を堕落させて廃人にするほうがよっぽど好きである。

 

「……しかし……そうだね……そうまで莫迦な小競り合いに心酔している君に……ここはひとつ、ご満足いただけるまで捻り潰して、その高慢ちきな体を押し倒し俺の気の済むまで蹂躙し泣き喚いても喘がせ黙らせてみるのも一興かな……」

 

 親指をちろりと忌々しく愉し気に舐め、そうのたまったところこれを聞いてわごは興奮に赤らんで声を跳ね上げる。もちろん、こちらは完全な武者震いである。

 

「そうこなくっちゃ! やれるものならやってごらん。お前が勝ったら何でもしてやるよ、それでいいだろう!」

 

 悪魔に自ら代償を提示するほど、実に闘争に飢えていた。

 こいつはそう、面白い闘争のためならば悪魔との取引だって厭わないだろう。

 

「アンタの思うような報酬なんてアタシゃあいらないよ。存分にやってくんな」

「これはこれは……もう止まりそうにないね。……どうなろうが知ったこっちゃないけれど、可愛い可愛い君がそこまで言うのなら、いいよ……」

 

 静かにクロラはそう呟く。いつもの赤黒い翼がドロドロとして見える。

 

「少々本体の、力を呼び戻して借りるとしよう」

 

 影が延び、彼の翼がその内部に空間を持って膨れ上がっていく。

 対峙していた彼女の足元にある影も、彼の方に、いや、彼の背後のフロントガラスの方へと長く長く吸いこまれていくように思える……

 自慢の翼であったものがドロドロ地面にも届き、そこからああ、這うように腕が、真っ黒い腕が金属質の床に手をつき、明らかに人の形を為していない何者かのなりそこないがずりずりとべたべたと濡らし、汚していく。

 さらに対の側からも同じようなものが、そして脚先と思しきものから、幾体も幾体も、いや、あるいは一つの存在なのだろうか……あるいは……全てが独立したものなのだろうか……ゆらゆらと起き上がり、しかしこちらを向いていることがわかる。

 翼の異空間は拡がっていく一方で、それらが次第に光を反射しない、吸っているのだと暗くなっていく室内を見て緩やかに悟る。

 異形の者を表情を変えずに続々と産み落としている男の背後で、フロントガラス越しの宇宙が近付いてくる錯覚を覚える。

 ……いや、錯覚ではない。確実に"宇宙の塵"がべたべたとフロントガラスを"ノック"している。ばらばらに、無神経に、一つの意思ある個体のように、"うねって"いる。歪んだ宇宙が扉を叩いている。ガラスの端に、ああ、あれはなんだ、手のように、いや、足のように、いや、舌のように、黒い意思のあるものがへばりついて蛇のように離れようとしない。あんなおぞましいものを人間がこれまでに知るものに形容できるであろうか。手を振ってみせるかのように舌先がゆらめいたかと思えば、ついに激しい音を立ててチームシップのガラス全面が割れる。風も温度も感じることはできず、背後にも確実に存在するはずの照明の反射光を目視できず、影は吸い寄せられ、まさしく光を貪り喰らうものが前面を覆い尽していた。シップの端端から、ぬめった触手のようなものが内部に向かって這いずるのを目撃する。中央に鎮座する男の瞳の色はここにきて背後の宇宙の赤色巨星の色とよく似ていることに気が付くだろう。背後の宇宙そのものとよく混じり合って思えた。無数の目に見つめられている錯覚に陥る。声を発するが、その音波は人の声と言い切るにはあまりに反響しすぎる。

 

「確かに俺にとって人間の体は使い潰しだが、わりと気に入ったものは大事にする性分でね。代理の化身を立てさせてもらおうか……」

 

 無貌のひともどきのうちの一柱が、粘土のように姿形を変えていく。……僅かに色彩が造られ、泥の中から"もう一人のクロラ"が産み出される。しかしそれは、肌が褐色であり、瞳の紅が殺意にぎらついていた。

 ようやく、ようやくわごは声を発することができる。その表情は、完全に狂喜に打ち震えていた。

 わごはあまりに高く、腹の底から悦びに鞭打たれるままに笑った。

 

「ははは……アハハハハハ! いいじゃないか……いいじゃないか!」

 

 背後で哀れな清掃員が倒れる。滅多に来ないというのに不運なものだ。彼は一生精神病棟の中だろう。

 そんなことに意も介さず、わごの中毒者のような眼球パーツがギロギロと眼前の異形のものどもを見た。

 口も割けようかというほど高笑いを続けるまま、派手に獲物を手にした。

 

「久々に楽しめそうじゃないか! アタシのメインシステムはヘッドの中だ、それ以外はくれてやるから加減するなよ!」

 

 正気かどうかと問うてみれば、この女は、常からとっくに正気ではなかった。

フレンドのわご姉貴をお借りしました。いつも仲良くしてくださって本当にありがとうございます!

正直、ここまでやっておいてわごに勝てる気してない。

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