top of page

―HISTORY

Episode3 
​メアリー・ルールーのパートナー  

 

 

 

 

  わたし、メアリー・ルールーです。

 みんな、良かったら、もし本当に良かったらでいいんだけど、気軽に「メリル」って、呼んでください。

 わたし、頑張って、とびっきりの笑顔で振り返られるようにがんばりますから。

 それでね。

 今日は、なんだか今日は、すごく疲れちゃって。

 アークスなんて、わたしにはやっぱり無理なんじゃないかなぁなんて。

 やめちゃおうかななんて。

 そう思ったら。

 いつの間にか、お部屋に白い猫ちゃんがいて。

「……見つけた!」

 ――わたしに話しかけてきたの。

「……、えっ?」

​ たった今、ベッドから起き上がったメリルに向かって、間違いなく猫が喋った。

 その小さい口を動かして、鳴くように人語を喋った。

 翠と金のオッドアイの、白い毛の猫が喋った。

「……ようやく、ようやく見つけた!」

 感慨深そうな声色で、ひたひた、ととっ、と四足歩行で近付いてくる。

 メリルが唖然として声も出ないうちに、すっと屈んで、ばっと膝の上に跳び乗ってきた。

 突然のことに短い悲鳴を上げたメリルに対し、白猫はメリルの胸に両前足を乗せ尻尾を天井に向けて高く上げている。

 その猫のちょっと舌っ足らずな声は、あまりに幸せそうだった。

「わたくしでございますよ! ルナでございます! まったく、まさかあなたさまが本当にたったお一人でこんな雑踏としたシップまで来て調査をなさるなんて! それも! この! 私を置いて!! 私本当に心配したのですよ、まさかまさかもしかするとひょっとしたら……命を落とされているかも……なんて! 嗚呼、想像しただけで眩暈が。……ですが!! ですがですよ! あなたさまはこうして無事でおられた! こうしてまた出逢うことができた! これも星のお導き、いえあなたさまのお導きッ! そうに違いありませんねえそうでしょうッ!?」

「ぁっ……あのぅ……」

「なんでございましょうッ!」

 この猫、今、瞳孔が開ききっていてとてもまんまるの黒目がちだ。……かわいい。

 ただし、言っていることはメリルにとっては全くの意味不明だった。

 それに、猫の額から生えた黒い一本の角が目に刺さりそうで凄く怖い。

「ひ、人違いじゃないかなぁ~……。な、なんて……」

「なぁ~にをおとぼけになっていらっしゃいますっ! ははぁ~ん懐かしいですねまたそうやって私めをスルーなさろうと! ふふふ、楽しいですねぇではこれならどうでしょうッ!」

 噛みもせずにそう言い終わると白猫はメリルのももを蹴って後ろに跳躍し……

 人の姿に変化した。

「……ぇっ」

​ さらさらふわふわの白く長い髪に、翠と金のオッドアイ。額から生えた黒い一本角。

 真っ白い執事服に身を包んだ青年が、ドヤ顔を決めてそこに立っていた。

「……へ」

「どうですッ! 相変わらずこのフォトンを使った変身術は見事でしょう! さあもう覚えてないとは言わせませんよ、じっくり私の目を見てください!」

「ゃ……! や、ち、ちかいよぉぉ…………っ!!」

 ぐぐっと顔を近づけて迫り見つけてくる元白猫?に怯え、メリルは顔を真っ赤にして逸らしぎゅっと目をつぶっている。

 その様子を見て、この青年はぱちくりと不思議そうな顔をして訝しむ。

「……? ど、どうしたのです……そんなかわいらしい少女みたいな反応をして……」

「かっ……!?」

「随分演技が上達なされたのですね……以前は二人きりのときにこんなことしても無表情で見つめ返してくるだけでしたのに……」

「ふたっ……、!?」

 メリルが悲鳴を上げて突き飛ばし、壁まで凄い速さで後ずさる。

 頭を押さえて縮こまっている。

「……ぇ、ちょっとまって……」

「? 待ちます」

「あ、あ、あなた……! も、もしかしてわたしのこと、知ってるの……!?」

 震えた声で問いかける。

 きょとんと見つめてくる瞳を必死にじっと見つめ返す。

 ……しかし、やはり耐え切れずにメリルはぷいっと目を逸らした。

 その瞬間その男は大げさな身振りと一緒に声を上げた。

「なぁ~にをおっしゃいます! 私めはルナですよ! あなたさまのことは当然なにからなにまで……」

 その男の身振りが、はた、と止まった。

「……もしかして、本当になにも、覚えていらっしゃらない……?」

 メリルは必死に頷く。

 その青年の顔は、呆然としていた。

  ◆

『まさか、あなたさまにからかいではなく本当に忘れ去られてしまっただなんて……このルナ、もはや存在意義が疑われてきます……』

 目に見えて意気消沈してしまった元白猫で青年のルナに、あの後、メリルはひとしきり謝り倒した。

 もちろん、メリルが悪いのではなく、任務に赴く彼女を止められなかった自分が悪い……などと返され、なおさら謝り倒した。

 ユヅキという少年に発見され、助けられたこと、採掘基地周辺で倒れていたらしいこと、気を失う以前のことは何も覚えていないということ、今はユヅキとその仲間たちの保護を受けながらアークスをやっていること、しかしサポートパートナー申請手続きや戦闘などで詰まってしまい、もうやめてしまいたい気持ちにかられていること……など、現在の状況をひとしきりルナに話した。

 ルナは口を挟むことなく、切なげに微笑みながら真剣に聞いていた。

​ そしてルナは一つの提案をしてきた。

『私を、あなたさまのサポートパートナーとして登録していただけませんか? そうすれば、いつでもお傍で協力することができます』

 名案だと思った。

 思ったから、今、日を改めて管理官の元へ向かっている……、のだが。

(はああ~……。遅いって怒られたら、どうしよう……。最初にユヅキくんに手伝ってもらいながら請け負った時から、もう三日も経ってる……)

 顔を真っ青に染めながら、カウンターに指先をついて管理官に話しかける。

「ぁ……あの……」

「こんにちは。どうしましたか?」

「サ、サポートパートナー……決まりました……」

「おや?」

 管理官から疑問の声が上がったために、不手際がないか震えながら指先で虚空をなぞりデータ書類を送る。

「……はい。問題ありません。パートナーが決まって良かったですね」

「あ……ありがとうございます……」

「それにしても」

「ひぇっ」

 思わず身構えるメリル。

「随分悩んでいらっしゃったようですし、もしかしたら、あなたもサポートパートナーを登録することなく最後まで行くのかと思っていました」

 管理官が笑顔で言う。

「えっ……? だ、だって、き、決めなきゃいけないんじゃ、ない、の……?」

「いえ。マグはアークスにとって必要不可欠であるとして推奨していますが、サポートパートナーは必須というわけではないのですよ。現に、今も最前線で戦っているアークスの中には、サポートパートナーを登録していない方も大勢いらっしゃいますよ」

「えっ……え……」

 慌て始めるメリルに対し、管理官はクスリと笑った。

「すみません。本来お伝えしても良いことだとは思ったのですが、先日からあなたがそこで悩んでいる姿が微笑ましくて……」

 見られていた恥ずかしさと、余計なことで悩んでいた恥ずかしさと、笑われている恥ずかしさで、もう死ぬほど恥ずかしい。

 すっかり熱くなった頬を両手で覆ってしまう。

「ごっ……、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

「いえいえ、謝る必要はありません。クライアントオーダーは無理に達成しなくても良いのですよ。任意のタイミングで破棄することも可能です。あなたが自分の実力と照らし合わせ、あなたが達成できそうだと思ったものを受注して、いつでもあなたのタイミングでクリアしてください。……ですが、探索エリアを広げることは今後のあなたの活動範囲を広げることを意味しますので、相応の実力を積みながら達成していってほしいですね」

「ごめんなさい……っ! ごめんなさいぃぃ……!!!」

「あ、ですから、謝る必要は……、」

 一目散に走り去ってしまった。

 言いかけたままになってしまった管理官は、伸ばした手をゆるゆると引っ込めながらその背中を見送ることになってしまう。

 先程からずっとやりとりを横で見ていた金髪の別の女性管理官が、ニヤニヤとコフィーを見つめている。

「コフィー。あなた、無表情で淡々としてて、ちょっと怖いんだよ」

 クスクスと笑う同僚を無視しようと努めつつ、コフィーの手は自然と自分の頬に伸びていた。

  ◆

「ゆ、ユヅキくん、さ、サポートパートナーの申請、終わっ……」

「誰もいらっしゃらないようですよ?」

「きゃーっ!」

 普段ユヅキやメンバーのいるルームに報告の為入ってみれば、入口で待ち構えていたのはルナだった。

「……なにも、悲鳴まで上げずともよろしいではありませんか……」

「ど、どうしてお部屋から出てきちゃったのーっ! サポートパートナーはもっと小さいんだよ!? 隠れてよ!」

「……? ふむ、そういえばそういうものでしたな。では、私めもそれに倣うとしましょう」

「……えっ」

 そう言うとルナは、しゅるしゅるぽんとばかりに、寸借をそのままメリルよりも小さな背丈に変化した。

「これで問題はありませんね?」

「っあ、あなた、変身できるの……っ!?」

「……。ご希望であれば、猫の姿をとりましょうか?」

「やっ! いいの! 今はいいのっ!」

 そうこうやっている内に唐突に後ろの扉が開き、意味もなくメリルが壁に張り付く。

 ユヅキの帰還だった。

「あっ、あっ……! ゆ、ユヅキくん、おかえり……! なさい……っ!」

「? あ、メリル。どうしてそんな隅っこに……ただいま」

「しゅ、趣味なのっ! じゃなくて、サ、サポートパートナーの申請手続き、終わったよっ!」

「あぁ、おめでとう! メリルの初めてのパートナーだね。きっととてもよく働いてくれるだろうから、いろいろ任せてみるといいよ。この子がそう?」

 ユヅキがルナに手の平を向けて差す。

「そっ、そうなの! ……うん、そう、それっ!」

「そっか。名前はなんて言うの?」

「えっ!? えーっ、えっとね……!」

「ルナでございます。何よりも大切な彼女を御守りするためならば、このルナ例え火の中水の中砂の中……」

「きゃああーっ!? ちっ、ちがうの! な、なんだかおかしいねっ!! サポートパートナーってみんなこうなのかなっ!? あははっ、……だ、だいじょうぶっ!」

「……? そ、そっか。頼りになりそうで素敵だよね? メリルをよろしく!」

「勿論でございます! 言われるまでも……」

「ユッ、ユヅキくんは、どう!? お仕事落ち着いた!? あのっ……」

「あ、ううん。ごめん、一度荷物を整理しに戻ってきただけなんだ。またしばらく出てくるよ、ごめんね」

「ぁっ…………。ぅ、ううん……! そ、そうなんだ……! 大変だね、お仕事、がんばって……!」

「ありがとう、メリルも頑張ってね! 今日はなんだか……、元気そうだし!」

「えっ……。そっ……、そうかな……! そ、そうだといいなぁ……、あ、あははっ……!」

「うん。……見てあげられなくてちょっと心配だったんだけど、安心した! ……それじゃ、いってきます!」

「……ぁ……、ぃ、いってらっしゃい…………!」

 あまりにか細い声で見送りながら小さく手を振るメリル。ユヅキは笑顔で退室してしまった。

 ……メリルがふと壁に頭を打ちつける。

「なっ、なにをしておいででっ!?」

「ああ~~~~~~~~~~~っ、趣味ってなによ! 意味わかんないよ、絶対陰気な子だと思われたってぇ~~~っ…………! もっとなんか、ああ~~~どうして普通にしてられないの~~~~~!?」

​「ど、どうか落ち着いてください! いったいなにを仰って……っ、ハッ」

 硬直するルナ。メリル、むすっと唇を尖らせて涙目でそちらを見る。……壁に後頭部を擦りつけたまま。

「……なによぉ…………」

「まさか、まさかまさかまさか、まさか、この私というものがありながら、あの少年にまさか、恋心を……!?」

「ちっ」

 顔を真っ赤にして飛び起きた。

「ちがうもんっっ!! そういんじゃないもんっ!! ……ぜっ、ぜんぜん、そういうことじゃないんだもんっっ!!」

「そんな……! 嗚呼、そんな…………。これでは、もう、私は必要のない存在だということに…………」

「なっ、だっ、なによっ! だいたい、あなたがわたしのなんだっていうのよっ!! あなたには関係ないでしょっ!!?」

「わたくしめは!! あなたさまのっ!! 執事で!! ございますっっ!!」

「じゃあ関係ないじゃないっ!!」

「関係大アリでございますぅ~~っ!!」

 そう言い争っていたらまたまた唐突に扉が開き、またしてもびたんと意味もなくメリルが壁に張り付く。

 入ってきたのは赤毛の髪の長い女性と金髪の背の高い男性。

「……っだっからさぁ? あたしは言ったワケ! そぉ~んなにピンチが好きなら縛りプレイでもしてろっちゅうの! って!」

「はは。それは、もっともだね」

「でっしょお~!? やっぱクロりんもそう思う!? オトナのよゆーっていうのはそういうとこにでるのよねっ! ……ってぇ、あれ、メルメル? おっかー!」

「ぇふっ!? ぁっ、ピュ、ピュイちゃん……っ! ……と、ぇと」

 壁から振り返って涙目で二人の名前を呼ぼうとするメリルに、てっきり名前が思い出せないんだと思ったピュイが金髪の男を指差して何の屈託もない顔で紹介する。

「クロクロ!」

「ぇっ……ぃ、いやあの、それは……」

「……好きに呼んでいいよ?」

 流石に年上の男性に向かって愛称で呼びかける気にはなれず、メリルは恥ずかしそうに上目がちで名前を呼ぶ。

「く……、クロラさん、ふ、ふたりとも、おかえりなさい……」

「そうだね。ただいま」

「おっす! どう? アークス業。なんかわかってきた?」

 喉を引きつらせるようにして、血の気の引いた顔でなんとか返答しようと考えるメリル。

「へっ……ッ、ぁ、あ、ぅ、うんッ……! た、たぶん……、ど、どぅかなぁ……?」

「あれ、そう? わりと出来る子なんじゃん!? ま、あたしも割とノリだけでなんとかなったしイケるっしょ!」

「ぇぇええっ……!?」

「まっ、困ったら私でもクロクロでもなんでもババーンと相談してちょうだいよ! 手伝うしさっ!」

「……!! ぁ、ありがとうっ……!」

「部屋も、足りないものとかある? なんでも言ってくれれば適当に補充しとくわよ? お菓子とか!」

「う、うん、ありがとう……! だいじょうぶ! た、たぶん!」

「そっ! 気が付いたら、いつでも言ってちょうだい!」

 腰に両手を当てニコニコ上機嫌でいるピュイ。

 このピュイの一室を借りて、メリルは今生活している。

 ルナが二人をじっと見上げている。

 クロラがルナをしばし見つめて、ふうん、と僅かに目を細めたのには誰も気が付かない。

「……てか、その子、もしかしてメルメルのサポートパートナー?」

「……あ、うん……! る、ルナっていうの……」

「ル・ルナ?」

「…………~~~~~~っ、ルナ!」

「ルナね! あいあい、かわいいじゃん。おふたりでいろいろ乗り越えるの楽しみね?」

「うっ、うん……!」

「あ、ところでさ。リンちゃん知らない?」

 本当にコロコロ話と顔の変わる女の子だ……。と、メリルはよく思う。

 これは今横に居るクロラや、今ここにいない仲間たちもそう思ってたりすることをメリルはまだ知らない。

「知らないか。まー待ってればくるわよねぃ~」

(リ、リンちゃん……、リンちゃん……?)

 そんな女の子いたっけ、と目を泳がせて返答に詰まっているうちにも、ピュイはさっさと自己完結して伸びをしながらソファーへ向かう。

 ぽすんっ、と座ったピュイがドーナッツを頬張りはじめ、クロラに「いる?」なんて言って断られている。

「おいしいのに……。っていうか、クロろんはなんか聞いてない? 何時間かかりよるかしら」

「さあ……」

 愛想笑いを浮かべながら、しかしクロラが笑いとは違うもっと陰りのある表情で目を細める。

 ピュイはソファーに深々と座り込んでいるから、後ろに立つクロラのことは見えていない。

「……、でも、もうすぐ帰ってくるんじゃないかな。そんなに遠くへ行ったわけじゃないだろうから……ね」

 そう言いながらクロラはピュイの髪の束をひとつ手に取り、指先でくるくると弄んでいる。

 メリルはそれを目撃して赤くなった顔を小さい手で覆い、小声できゃあきゃあなにあのふたり付き合ってるのかななんて忙しくなっている。

「んあ、まじ? じゃあードーナッツ取っといてやった方がいいかしらね? てかやっぱなにか出先聞いてたのん?」

「さあね? ただ、俺の予感はよく当たるから」

「ふうん」

 はええ、と真っ赤な顔で放心しているメリル。

 

「メリルさま」

「ひぇっ」

 ルナに袖口を引っ張られたので耳を近づける。

「あのお二方はご友人で?」

「え? ……あ、う~ん……。お友達、っていうよりは、えと、う~ん……? な、なんだろう……? よ、よくしてくれる人たち……かな……?」

「ほほう」

「ユ、ユヅキくんのお友達みたい!」

「…………。あぁ、あのボーイフレンドの……」

「……ほっ、ほんとにユヅキくんは、な、なんでもないんだからねっ……!?」

 顔を真っ赤にしっぱなしで怒るメリルに、しかしルナの関心は今は別にあるらしい。

「あの男性も、ですか?」

「へっ?! ク、クロラさんのこと? な、なんで?」

 ルナがじっとクロラを見つめている。

「……あの男、今、なにか"星のチカラ"を使ったような……?」

「……、ふぇ……っ?」

 メリルが顔を上げると、その瞬間クロラとぱちんと目が合う。

 微笑みかけられたのを見て、声にならない声を上げてルナの小さな体の後ろに必死に隠れる。

 もう今日のメリルの心拍数は健康が心配な程になりそうである。

 ルームの扉が開き、また二人組が入ってくる。

「うわっ、メリル……。なにしてるんだ? こんなとこで……」

「あ、おっか~! ほんとに帰ってきたじゃん!」

「え? "ほんとに"?」

「そそ、クロクロ予報大当たりじゃん! これは信頼ゲージ大幅アップですな!」

 にへら、と笑って親指を突き立てるピュイ。

 きょとんとしていたリンクは、すぐに表情を変えて大股で歩み寄る。

「……って、クロラお前なにしてんだよ! 未婚の女性の髪に気安く触ってはいけませんッッ!」

「どっ、童貞並みの感想乙~~~~!」

「なんだとぉっ!?」

 ゲラゲラ笑っているピュイと、リンクに見えるようもっともらしく髪から手を離すクロラ。

 リンクはついでに、仕事に使う期間限定品のドーナッツをただのおやつとして食べていることに説教している。

 メリルの方はというと"どうてい"の意味を必死に考えていたが、ルナがピクリとも動いていないのに気が付き顔を覗き込む。

「……る、ルナ……? ど、どうかしたの……?」

 その顔は、恐怖に歪んでいた。

「……え」

「あ、あの……男……ッ!」

 リンクの横で、ピュイとのやり取りを穏やかに見つめている男。

 ルナの視線の先にいるのは、マルスだった。

「……だめだよなぁ、なーマルス!?」

「まぁまぁ、リンク。……つまり、ピュイは、それを食べた分だけ働いてきてくれるってことだよね?」

「げぇっ!? わ、わかったわよ! 悪かったわ!! バッヂなら回収してくるから! 前線送りはマジで勘弁してーっ」

 笑うマルスが気配に気づき振り返ると、ルナは弾かれたようにメリルの手を取って部屋を飛び出した。

 メリルは混乱した悲鳴を上げただただその力強さに引っ張られるままになってしまった。

「マルス? どうし……あれ?」

「? あれ? メルメル?」

 ルームには困惑が残され、ピュイとリンクは顔を見合わせた。

「……どっ、どうしたの、急に…………」

「何故……、あ、あんな……ッ、あの男、何故こんなところにまでッ……!」

 

 廊下をしばらく走った角でようやく立ち止まると、屈んで事情を聞こうとしたメリルにルナは歯ぎしりしながらそう言った。

 見たこともないような表情にメリルにまで不安と恐怖が伝搬する。

 ルナは勢いよく振り返り、メリルの肩を掴むと必死の形相でこう訴えた。

「……ッ"ギョーフ"に帰りましょうッ! メリル様!」

 ……メリルは、呆然とした。

 ユヅキの言葉の続きが、脳裏をよぎる。

『一部、アークスカードから読み取れた内容からすると、君は七番艦ギョーフから渡航してきたんじゃないかと思うんだけど……何か思い出せるかもしれないから……。……そこに一度、帰ってみる、っていうつもりは、ない?』

 メリルの声が、震える。

「ギョーフに、なにがあるっていうの…………?」

bottom of page