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―HISTORY

Episode2 A.P.238/4/27
無気力 

 

 

 

 

 

 僕は無力だ。
 いいや。
 彼らは無力だ。
 いいや。
 あれらは、無力だ。

 いいや。

 あれらは、何も理解することはない。
 力を、無力を。その意味を。
 永久に。
 ダーカーが、ダーカーである限り。


 

  人通りの多いロビー。
 いつもと変わらないアークスの玄関口。
 いつもと変わらない。
 この中の誰か一人が死んだって、誰も気が付かない。
 何も変わらない。
 変わったのは、僕だけだ。
 いつもと変わらない。
 すべてが違って見える。
 数週間前から、何もかもに違和感を覚えている。
 この仕事が、僕の性質が、どういうものだったのか、初めて思い知った。
 いつも通り、失意のまま、いつも通り、任務を受け、いつも通り、出動する。
 いつも通り。
 もう、そうして、何週間経っただろう。
 同類たちは、まるで気にしちゃいない。
 理解しない。
 いつも通り。
 まるで、何一つ、いつも通りではないのに。

 ふと、足を止めた。
 僕は何故、この仕事をしているんだろう?
 ──何故って、そういう指示だからさ。
 ──そういう命令だからさ。
 いつも通りの彼らに聞いたら、なんて答えるだろう?
 同じように答えるんだろう。
 他に、知らないんだろう。
 受付の人に聞いてみたんだ。
 なんて言ったと思う。
「皆さんが頑張っている姿を見て、もっと役に立ちたいと思うからですよ」。
 へぇ。
 そんなこと、考えるんだ。
 命令だからじゃ、ないんだ。
 そういう指示だからじゃ、ないんだ。
 そうなんだ。
 あぁ。
 ……あぁ。

 僕は、今日、仕事をするのを、やめてみようと思う。
 なんでやめるんだろう?
 やめて、何をすればいいんだろう。
 いつも通り、石を届けて、どうしてそんなに集めているのか聞いてみた。
 誰も死なないように、死んだ人を弔う為に、祈りを込めて装飾品をつくるんだって。その為に集めてるんだって。
 彼女が、僕を見つめているのが、分かる。
 今まで、僕は、そんなことを聞いて来なかったから。
 そうか。
 やっぱり、僕が変わったんだ。

 他人の仕事をしているところを見るのは、いい暇潰しになるらしい。
 僕は、彼女の真似をしてみる。
 きっと、今ならいろんなことが分かるって、そんな気がした。
 分かりたくもないようなことが、沢山、分かりかけている。
 なんだか呼吸がしづらい。何だろう。
 それより。
 仲間からの連絡がうるさい。
 理解出来ないんだ。きっと。何も。
 今日は、初めてのことを沢山する日だ。
 いいや。
 いつも通り。
 僕はすっかり、いつも通りに観察をするようになった。
 三日。四日。
 無節操に、今任務を受けている人の状況観察をする。
 出動者のマグを通した、映像記録。
 他にすることもなくなってしまった。やっぱり仕事をするべきか。ううん。少し、疲れたんだ。
 いろんな人がいるけれども、みな、戦いぶりに無駄が多い。
 なんだろう。何故切り払った槍を舞わせるのか、理解せずに、そういう型だと思って、やっているだけなのかな。

 なんだか、動きがぎこちないな。
 何の意味があってやっているのか、見ていても、まるで分からない。
 よく分からないから、見ていても、別に、つまらないな。
 一体、どういうつもりなんだろう。武器情報を見ても、よく鍛錬してもいない。
 何か意図でもあるんだろうか。よく分からない。
 もしくは、セーフティコード:VHの出撃者というのは、こういうものなのか。
 最前線に立つには、まだまだ早く見える。
 こんなのについてこられても、足手まといだから、さっさと置いていってしまうな。
 コード:Nの区域へ出る素人なんて、もっとひどいだろうな。
 ああ、ちょうどアークスになったばかりっていう、人間がいる。
 どんな人間がこの仕事をやろうと思うものなの。
 どんな足手まといが、将来、僕の隣に並ぼうっていうの。
 それがどうしようもないやつだったら、僕はもう、こんな馬鹿げた仕事を笑い飛ばして、誰よりも優秀に、偉くなって、命令通り、こんな組織をひっくり返してやる。
 笑い飛ばして。笑い……そんな真似事も、馬鹿馬鹿しい。
 どうせ誰も、何も気にしないのに。
 僕のこの気持ちだって、誰も理解なんてしないのに。
 ……“気持ち”……?

 ふと、顔を上げる。
 そこに映っているのは、鮮やかな立ち回り。
 一分の隙もない、何もかもを切り払うような、気持ちの良い剣の軌跡。
 空気と共に流れるように、獣をかわし、ごく自然に、無理のない流れでその背中を叩き潰す。
 新緑の風がカメラを撫で付けた気がした。
 陽の光にあてられて煌めくのは、白光の刃と、金糸の髪。
 その内から覗いた青い瞳が、空よりも海よりも、深く輝いて、僕を見つめていた。
 映像が途切れた。
 終わったんだ。
 ということは。
 ──彼が出てくる。
 直ぐに立ち上がって、ゲートエリアまで走る。
 一目見ておかなきゃ、いけない。
 これは僕の人生を決めると思った。
 人生を? ばかなことを!
 でもきっと本当だ。本当なんだ。
 見えた。僕はじっと、彼を見つめていた。慌てて端末を開く。
 “ハイラルの勇者 リンク”。へぇっ? 随分、道化て出たものだ。
 ハイラルとは何の意味だろう? 検索しても、出てこない。
 え。
 何だろう。
 おかしな人だ。でも、そう。少し変わってる。いや、随分変わってる。まるでここのことをなんとも思ってないみたいな雰囲気をして、でも、その眼は真剣。
 何だろう。
 勇者だって? ばかな。でも、確かにそう。
 あの鋭い太刀筋には、なんでか、本当にそうと言えるかもしれない、と思わせる、不思議な説得力がある。
 “リンク”。彼の名前はリンク。
 ここまで来たら、全部大嘘かもしれない。
 いや、でも。
 大嘘で、あんな動きが、いきなり、できるもんか。
 人気のない、でも、報告と次の試験の手続きをする彼をもう少し見ていられる、二階にすぐさま逃げて、クラス情報をハッキングする。他に戦闘経験は明らかにない。
 初陣であれだっていうんだろうか。そんなことって。
 彼は一体、なんなのさ。
 彼がまた、キャンプシップに向かうのが見える。
 僕はここから飛び降りて、即興師範のふりをしてついていこうかと思った。
 でも、足が動かなかった。
 そんなに肩入れして、何かあったらどうするんだ?
 目の前で、また、同じことが起きたら、どうするんだ?
 僕は、無力なんだ。
 僕は。
 僕は、また、端末を開いた。
 映るその姿は、まぐれじゃない。
 アークスの型とは違う、それなのに、大切な基本に忠実で、確立された立ち回り。
 まるで無駄がない。
 彼の才覚を見れば、僕なんて。
 拳に力が入る。
 槍よりも、新規創設されたクラスの武器の方が僕に合っている手応えがあったんだ。
 今すぐその鍛錬に取り掛かろう。
 教えてもらった思い出は捨て置こう。僕は過去と違う得物を持つ。
 きっとあれなら、彼の隣に並んだって、良い、流れるような動きができる。
 僕は端末を閉じて、飛び降りる。
 あの無駄のない剣筋。あの眼差し。
 そう。
 僕は、きっと、あの人に殺されるんだ。
 

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