
―HISTORY
Episode0
ピュイ
こんな世の中は完成されているから、わたしは必要ない。
志望してもいないとこに出す紙に名前を書いて、読みたくもない参考資料を開く。
これでもう十枚目。いい加減あきあきした。最初から、ハマってなんかいないんだけど。
長所ってどうして書かなきゃいけないのか。短所をいくらでも書ける人間の方が、採用価値があるんじゃないだろうか。
心にもないことを書くぐらいなら、空白にしておく方が清々しい。
古臭いペンを置いて、それから立ち上がる。
浴槽にお湯を張って、意味もなくぷかぷか、ぷかぷか、髪と一緒に浮いてやろうか。
見たくもない鏡の中の自分が、私を見詰めてくる。そんなに言い聞かせてこないで。
乱暴に括った髪を解いて、その場に項垂れる。
お風呂、入るのも面倒臭い。
とりあえずシャツを脱いで、ズボンを下ろして。お風呂場に足を掛ける。
ああ。
やっぱり。
面倒臭い。
これから自らが起こそうとしている長期戦に嫌気が差して、その場に膝を抱えて座り込む。
もう嫌なんだよ、全部。
面倒臭いと思わないの?
もう少し、要領が良ければ、もっと、せせこましい性格をしていたら。きっと、こんなに惨めじゃなかったかもしれない。
でも、そんな人生って、生きていて嬉しいのだろうか。
鼠みたいにチューチュー騒いで、走り回って、右から左へ金色のチーズを運んで、沢山の滑車を沢山の鼠で回して、そして滑車に許された僅かな時間でチーズを腹の中に収めて、また滑車に戻っていく。
そんな滑車を回すだけの大量の鼠のうちの一匹になって、チーズを食べるために滑車を回しているだなんて、大嘘。
右から左へチーズを運んでる最中でそのチーズをかじっちゃう鼠の方が、いくらか賢く見えるのに、それはルール違反。
チーズを運んで、そのご褒美にチーズを貰って、そのチーズをいかに浪費して、そしてその浪費するチーズを稼ぐためにまたチーズを運ぶ。それがこの世界の一番偉くて、賢い生き方。
右から左へチューチューチュー。
あっちへこっちへチューチューチュー。
クルクルクルクル、チューチューチュー。
いやにならないのかしら。
いやになっても続けるのが、賢くて偉い鼠なんだって。
すごい。
馬鹿みたい。
それの何が面白いっていうの。
滑車を回して、何の役に立つっていうの。
隣の鼠の役に立つから、なんだっていうの。
皆と滑車のおかげで私がチーズを貰えるのだから、ありがたく思って私も滑車を回さないといけないの。
馬鹿みたい!
そんなチーズ、欲しくもないわ。
結局ね。私はズボンと、シャツを、もう一度ゆるゆると着て、もう飽き飽きした教科書も啓発本も手鏡も全部床に投げ捨てて、ベッドに倒れ込む。倒れ込むっていっときながら、もたれかかるのとは違う。本当に倒れた。頭がじんじんして、まるで飛び降りたみたいでとても気持ちがいい。清々する。このまま飛び降りてやろうか。何階建てが適正だろう?
ところがどっこい、立ち上がって外へ出てエレベーターに乗るのも、もう、面倒臭い。
もう、何もしたくないんです。
このまま餓死するのは、割と大アリだと思うんです。
自殺したいか?
違う。
自殺しなければならない、と思う。
滑車を回す適性がないのだから、これ以上は生きていても無駄でしょう。
ご両親にごめんなさい、しないといけないかもしれない。
でも、私は謝らない。だってあなたたちも、幸せそうじゃないんだもの。
十年前の事件は、ダーカーがシップ一隻を蹂躙して、それはそれは大変だったらしい。
いいな。
いいな。
私のところにももう一度来ないかな。
私のところだけじゃなくて、もう全ての艦がなくなっちゃえばいいのに。
ダーカーに襲われて、全部壊されて、殺されて、簡単になくなってしまう。
なんて悲しいことなんだろう。でも、もうそんな悲しみも死ねば何も関係がなくなる。
絶対に起きてほしくない、今すぐ私の目の前で起こってほしいこと。
きっといかにも悲劇的で、楽しいだろう。
こんなことを考える私は、独りで自殺しなければならないと思う。
この世の中で、私にできることなんて、私にしかできないことなんて、どれだけ頑張ったって、もうとっくになくなっている。
この世界は、私なんて必要としていないんだ。
そんな私の日常、現実批判、やって日に日に迫って通り過ぎてまたやってくる苦しみをやり過ごして、突破口を見出そうとして寝返って窓の外を見たら、風に乗って陽の光みたいなさらさらとした髪がベランダで揺れていた。
そこに、まるで空想の世界からやってきたみたいな、私がいた。
「やっほー! ……みんなのアイドル、ピュイさまですっ!」
なにを、あほなこと言ってるんだろう。この人。